人類がもし数十億年くらい生き残り続けており、なんだかんだで結果的には順調に発展やら進化を続けていったらどうなるか?!という予想(妄想)をしてみた。

次元

まあ四次元宇宙は軽く超越している。時間と空間を自由に行き来できるようになってる。
この宇宙が別の意思による作り物なのか超自然発生的なものなのかは、この時にはもうはっきりしている。
しかしながら、この宇宙に万が一の事態が起きたときに備えて、いつでも別の宇宙や次元に逃げられるような準備はなされている。

生命/科学

人類については、進化や意図的な遺伝子変異とナノテクなどによって、もはや何でもアリの個体または集合体になってる。
不老不死も実現できてる。万が一死んだとしても、直前までの完全な記憶がクラウドみたいなところに保存されており、新たな個体で記憶やらを完全復元し、何事も無かったように復活できる。
死にたいときに死ねて、蘇りたいときに蘇ることができる。その時、前からの続きの人生にするか、新たな人生にするかなど、様々なオプションから自由に選択できる。
自分のコピーも簡単に作れる。
他人に乗り移ったり、融合したりもできる。
体の形も、ターミネーターのT1000や、アビスみたいに、変幻自在。
脳内物質なども自由にコントロールできて、その結果、自分自身の喜怒哀楽や能力を自由にコントロールすることができる。
男女の性の存在は、人生をとびきり充実させるためにそれを規定できる。しかしながら、必要に応じてそれを超越したり無視することもできる。
宇宙空間で生身で生きるのも楽勝。
その気になれば、恒星★やブラッホールの中に突っ込っこんだとしてもノーダメージで生きていられる。
あらゆる超高度な科学分野は、生命科学と一体化できている。

社会

紆余曲折の末、結果的に良い方向に進んだ行き着く先には、高度な調和が実現されてる。
個として尊重されると同時に、ときには同じ志を共有する集合体にもなれる。
これは主に、精神や肉体の直接的な共鳴/融合/分裂の技術によって実現される。

文化/芸術

芸術こそが、この世界での一番の生きがいとなっている。
芸術の手段は無数にある。
誰もがクリエイターであり、誰もがその享受者でもある。
いま一番の流行りは、地球アーティストという人々が創りだした様々な「地球」ワールドに飛び込んで、一つの人生を生きることである。
従来の記憶を一時的に消去したままワールドに生まれることにより、高度に人体を操作できるようになる以前のごく自然体な一人の人間として、人生を送ることができる。
たいていの場合、そこには発展途上の文明が規定されている。このため、限りなく完全に近い現実世界では決して体験できないような、様々なイベントが発生する。言葉では言い尽くせないような無数の感動も味わうチャンスがある。
この旅を途中で降りることは全く推奨されていない。
幸福や自己実現への努力、および同じワールドの住人と協力しあう事が、推奨されている。
また、初期条件の違いによって、ユーザー間に大きな格差が生じやすい。このため、比較的不利な条件で誕生したユーザーに対しては、そうでないユーザーが手を差し伸べることが強く推奨されている。さもないと、言い知れぬ後悔に襲われることになる。
このような世界観のため、限りなく完全に近い人間であるはずのユーザーの多くが、言い知れぬこれら「地球」ワールドの中毒者となっており、エンドレスなリピーターと化している。
しかしながら、高度な調和が実現されている現実世界ではどのような問題であれどうとでもなるので、中毒だろうが何だろうが誰も困りはしない。

さらなる未来

この世界にとっての「未来」とは、すでに分かりきった世界である。
既に完全と言っていいほどの科学と調和が実現されているため、未来を予測することも未来と行き来することも楽勝である。
人は誰もが、かつての神と呼ばれた存在とほぼ同等な能力を有している。
人は自らの幸福を調整できるし、誰もが苦しみとは無縁であるため、もはや誰も困りはしない。
しかし懸念される一つの問題がある。それは、完全なる調和は完全なる「無」または完全なる「静寂」と紙一重、または表裏一体、ということだ。
そして、実際には「完全」にはたどり着くことができない。完全にたどり着きそうになる極限の直前で、必ずゆらぎや歪が生じる。それは究極の神ですら防ぎようがないのかもしれない。もしくはわざとか。
それはまさにビッグバン★
こうして、無量大数にもおよぶ永いほぼ完全調和の後、人の新たなる冒険が始まるのである・・・。

妄想 完

***

チャンチャン♪
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